2013年3月30日土曜日

シャッタースピード狂想曲

人間の目が持っている遠近感と大きくかけ離れた独特の個性を持ったレンズを紹介してきましたが、共通していえることは、いずれも非現実の世界だということです。カメラのシャッターダイヤルには、B(バルブ)から始まり、二千分のI、四千分の一 といった数字が刻まれています。いずれも秒を指す数字ですが、最近の高級品には三十秒から八千分の一まであるものもあります。残念ながら筆者は、まだ撮影で八千分のIはおろか二千分の一秒のシャッターも切ったことはありません。仕事でも趣味でも、おそらく一生使うことはないでしょう。

いったい日常のどんな場面で使えるだろうかと、あれこれ考えてみましたが、まったく見当がつきません。ごく一般的な撮影に使われているストロボの閃光時間は、機種によって多少の違いはありますが、五百分のIから一万分の一秒といわれています。シャッタースピードに換算すれば八千分の一秒を超えているわけですから、何をいまさら、と思うのです。

考えてみれば、カメラの八千分のIというシャッタースピードは、太陽光が燦々と輝いているようなところで使われるものでしょう。一方のストロボ光は、スタジオ撮影のような暗い場所での主光源か、太陽光など他の主光源の補助光として使われます。つまり、八千分の一や四千分のIといったシャッタースピードは、とんでもなく明るい場所か被写体以外には使えないが、同じような早ワザを持つストロボ光は、主光源にも補助光にもなり得るということです。もう一度、シャッターダイヤルをよく見てみると、八千分の一秒までついているカメラのストロボが使える最高スピードは1/250秒です。ちなみに、二千分の一秒のカメラは1/60秒か1/80秒です。

日中シンクロといって、太陽光線が強いときなどに、ストロボ光を補助光として、顔にできる汚い影を消したり、逆光で暗くなった部分を明るくしたりすることがありますが、カメラによっては、ストロボがシンクロ(同調)する時間が1/80秒や1/125秒では明るすぎ、もっと速いシャッターを切りたくても、1/250秒では画面の一部に光が回り切らないことがあります。

ここでシャッターのメカニズムについて説明しておくと、少し前までの一眼レフカメラのフォーカルプレーンシャッターの場合、二枚の幕が一定の隙間を開けて左から右に走り、その隙間を通った光がフィルムを感光させます。走る幕のスピードは同じでも、隙間が広ければ光が多く遅いシャッタースピードに、狭ければ光が少なく速いシャッタースピードになります。ストロボは数千分の一秒という早さで光るので、シャッターの先の幕が右に走り終わって次の幕が走り出すまでの全開した瞬間に発光しないと、フィルム全面に光が届きません。つまりシャッターが全開状態になるいちばん早い瞬間が、シンクロするスピードの限界としてダイヤルに表示されているわけです。

いまやクラシックカメラと呼ばれる昭和三十年、四十年代のカメラのシンクロスピードがだいたい1/60秒、昭和五十年代でI/80秒です。近年になって、薄い数枚の金属板が上下に高速で走るシャッターが開発されて1/125秒が現われ、ついには1/250秒にまでなったわけです。カメラについている最高スピードとストロボのシンクロスピードとは、当然ながら関連があり、シャッター幕をより速く走らせるメカニズムが開発された結果、全開する瞬間を1/250秒まで可能にしたのです。